袋を開けた瞬間、部屋の空気が変わった。磯の香りというより、どこかお茶にも似た、すがすがしい香りだ。味付けは何もしていない。指先でつまんで口に入れると、香りのあとから濃い旨みが追いかけてくる。同行した一人が、思わず声を上げた。「今まで食べてきた青のりと、全然違う」。
このすじ青のりを育てているのが、徳島県松茂町の株式会社紬、代表の土井誠さんだ。2026年1月の朝、私たちは土井さんの船に乗せてもらい、吉野川の漁場へ向かった。
川が種を運び、川が育てる
川面に出ると、目印の浮きが見渡す限りに並んでいた。その下に、すじ青のりの網が張られている。
育て方を聞いて驚いた。種を人の手で植えるわけではないのだ。鉄橋の少し下流にある干潟にパイプを何本も立て、24枚ほどに重ねた網を一定の高さに固定する。潮の満ち引きで網が水に浸かったり空気にさらされたりするうちに、天然の種が自然と付くという。芽が見えてきたら漁場へ運び、4枚ずつに分け、さらに育ってくると1枚ずつに広げて張っていく。
人工の培養も栄養剤も使わない。川が運ぶ栄養と季節の移ろいに任せて育てる。人の仕事は、その環境を整え、のりの様子を見極めることだ。
勝負は、わずか二か月
「すじ青のりは一年中採れるんですか」と尋ねると、土井さんは首を振った。収穫は12月の中旬から2月いっぱいまで。のりが伸びるのは水温が一定の範囲にある間だけで、2月が終わる頃には、伸びていても網からばさっと抜けてしまう。
春になると再び伸び出すものの、質が落ちるうえ、水がぬるんで小さなエビのような生き物が大量に入ってくる。だから春には採らない。一年の仕事が、この短い季節に集まっている。失敗は許されない。
収穫するかどうかも、その日の空と相談して決める。工場で乾かせる量と、集まれる人手に合わせて、引き上げる網の枚数を調整する。採ってから時間がたてば品質に響くからだ。濡れたまま置けるのは長くても数日で、3日を過ぎると乾いたときに黒ずんでしまうという。
「僕は一代目です」
のり漁師といえば、家業を継ぐ人がほとんどだ。ところが土井さんの実家は漁師ではない。商談会で一代目だと話すと、「お前、変わっとるな」という反応が返ってくるそうだ。本人は楽しげに笑う。「僕の周りに集まる人も、みんな変わり者ですよ」。
きっかけは大学時代のアルバイトだった。お金がなく、冬休みに帰省して地元・長原の黒のりの仕事を手伝うと、ひと月分のバイト代が数日で稼げた。漁の手伝いにも付いていくうちに、すっかりこの世界にはまった。長い休みのたびに徳島へ帰るようになり、3年生までに単位を取り終え、卒業論文も書き上げて教授に渡すと、「お金がないので帰らせてください」と頼み込み、卒業式にだけ戻ったという。
そのまま漁の手伝いを続けながら資金を貯め、やがて独り立ちした。組合に入った頃の仲間は5人。いずれも年長者で、亡くなったり引退したりして、今は2人になっている。
何もかも燃えた日
土井さんの歩みは順風ばかりではなかった。最初に借りた小さな倉庫を出ることになり、知り合いの青のり漁師と費用を出し合って、古いガラス工場を半分ずつ使い始めた。その工場が、1年目で全焼した。
消防団員でもある土井さんの携帯に火災の知らせが届き、駆けつけたときには、ただ燃えるのを見ているしかなかったという。機械も、のりを並べるせいろも失った。古い建物だからと火災保険にも入っていなかった。
「1週間くらい、ごはんの味がせんかったです。おなかは減るのに」。
それでも川では、のりがどんどん伸びていく。よそに乾燥を頼んでしのぎ、その後、土地を買い取って工場を一から建てた。「3階建てでもいけるぞ」と言われるほど太い柱の建物に、今は乾燥機が並ぶ。
香りを守る、陸の仕事
港に戻ると、黄色いクレーンでかごを吊り上げ、トラックで工場へ運ぶ。ここからは時間との勝負だ。
まず洗い、脱水する。脱水機は回転の入り方をコンピューターで細かく設定してある。いきなり高速で回すと機械の中でのりが暴れてしまうため、1秒回しては惰力に任せ、また1秒回すという動きを繰り返し、水が切れてから高速に上げる。
ほぐしたのりは、人の手でせいろに並べる。約15人の登録メンバーがその日に都合のつく顔ぶれで集まり、重なりやムラができないよう広げていく。均一に並べることが、香りと色を揃える決め手になる。
乾燥は、45度から55度ほどの温風と、30度ほどの冷風を使い分ける。どちらをどれだけ当てるかは、のりの湿り具合を見ながらの感覚だ。乾燥室の造りも試行錯誤を重ねてきた。乾く前ののりを乗せたせいろは、1枚2キロ。その出し入れも、重さとの付き合いである。
「もっと価値がある」と信じて
かつて吉野川のすじ青のりは、乾燥させたものを漁連へ全量出荷し、商社の入札で値が決まるのが決まりだった。土井さんの話では、国内の8割から9割を吉野川が占めていた時代もあったという。行き先は和菓子店や料亭、菓子メーカーなど。徳島に暮らしていても、地元の青のりの本当の味を知らない人が多いのは、そのためでもある。
河口での工事が続いた7年ほどの間には収穫が大きく落ち込み、辞めていく漁師もいた。のりが戻ってきた今も、担い手は決して多くない。
数年前、全量出荷の縛りが緩むと、土井さんは自分たちの商品づくりを始めた。「思う値段ではない。もっと価値があると思うから」。ところが、デザイナーと格好いいパッケージを作ったところで満足してしまい、営業には動けなかった、と笑う。「作るだけで、出口を考えてなかったんです」。見かねたデザイナーに誘われて、ブランディングの講座を受けたことが転機になった。
パッケージには光を通さないアルミ蒸着の袋を選んだ。すじ青のりは光に弱く、透明の袋ではすぐに色が落ちてしまうからだ。今では国内の商談会に足を運ぶほか、海外への販路にも目を向けている。
おいしく食べるために
土井さんのおすすめは、まずそのまま少しつまんでみること。それから、パスタに和える、ポテトや肉、魚料理の仕上げに添える、冷ややっこやサラダにのせる。汁ものなら、食べる直前に入れるのがこつだ。熱が加わりすぎると香りが変わってしまう。
開封後は早めに食べきりたいが、余ったら冷凍庫へ。水分がほとんどないのでカチカチに固まることもなく、香りと色が保ちやすいという。
帰り際、「船の上で食べた生ののりより、乾かしたもののほうがおいしかったね」と誰かが言うと、土井さんはうれしそうに笑った。わずか二か月の川の恵みと、一代目の変わり者の工夫。その両方が、ひとつまみの中に詰まっている。

